アクセス・コンシャスネスの講座やギフレシ会での会話の中で
よく聞かれる言葉に、「重い?軽い?」という言葉があります。
今回はこの「重い?軽い?」についてのお話。
私は20代後半に、生死の淵をさまよう大病を患いました。
それこそ病名を口に出すと、ほぼ全員にひどく驚かれて
「後遺症がなくて本当に良かったね」と言われます。
そんな大病を患ったにも関わらず、死ななかったことについて
こんな風に考えるようになりました。
「私は、この人生で何かしらやり残したこと
やらなければいけないことがあった。
そのせいで死ななかったんだ」と。
じゃあ、その『何か』ってなんだ?
私にしかできないこと、なんだろうけど…。
いつの間にかそれを探し出すことが
私の人生の意義のようになってしまって
とりあえず手当たり次第にやりたいことをやってみるものの
「これだ!」と心から思えることに出会えないまま
モヤモヤした気持ちを抱えて過ごしていました。
そんな中でアクセス・バーズ®のクラスを初めて受けて
死ねなかったという事実に対しての自分の思いを話していると
ファシリテーターさんから
「それって、あなたにとって重いですか?軽いですか?」
と問いかけられました。
「重いです」
驚くほど即答でした。
いつの間にか
見つけ出さなければ…
そうじゃなきゃ生き残った意味がない
知らず知らず自分にとって重い枷のようになっていたようです。
「じゃあ、それ、手放しちゃいましょう」
ほんの一瞬「ほんとにいいの?!」と迷いが浮かびましたが
それよりも「ま、いっか」という気持ちが勝っていました。
手放すと決めた時、なんとなーくではありますが
自分の胸のあたりがスッと軽くなったような気がしました。
なんとなく気が進まない、理由はわからないけど動けない
そんな時に
ただ、「私にとって重い?それとも軽い?」と問いかけてみてください。
「この件はいつからの悩みで~」とか
「これは〇〇さんから言われて~」とか
余計な付け足しは必要ないと思います。
もし重いか軽いかはっきりとわからない場合は
例えばAとBという選択肢があったときに、
Aを選んだ自分を想像してみてください。
そのときにどんよりと沈んだ感じがするか
それともふわふわと軽やかな感じがするか
を感じてみてください。
重たい荷物を背負って旅をするよりも
身ひとつの方が、どこへでも行ける、何でもできる
そう思うとワクワクしませんか?
人生は修行だという考え方もアリだと思いますが
修行の中にも楽しいことがあった方が
乗り越えられそうな気がしますよね。